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2007年09月03日

最近気づいたシリーズ

・「シリーズ」言ったって何度も書いてるものでも無いし不定期極まる例のあれ。

・私はもしかして、「息抜き」というか「気分転換」がヘタなんじゃなかろうか。
 何か切っ掛けがあったわけではないけども、今、ふとももった。違う。ふと思った。
 (太股ったと書くとドえらいフェチシズム感じますね)

 よく「寝たら忘れる」とか「○○すればスッキリサッパリ」みたいな事を聞きますけど、それを試して気分が一新されたことなんて未だかつて一度たりとも無い。そんな私。
 以前(最近)、思考をパーティションで三つに分割しているとかなんとか書きましたが、残念なことにこのアイディアも不発気味。成果が皆無というわけではないのですけど。うん、多少は新しいアイディアも浮かんだし、効果あったかな。けれど、気分転換が出来たか否かで判定を下すならこれはアウト。
 一旦気分がネガティヴに沈んだら、好きな曲聞いてもダメだし本読んだって斜め読みだし、ここぞとばかりに文章書いたらそりゃあもう妄想日記レベルの残虐公開ショー。読めたもんじゃないという限度をこえて、日本語の崩壊をここに見ることになる。
 それじゃあ実用的に部屋の掃除なんてどうでしょうかと片づけを始めると、コレクションを始め身の回りのものどんどん捨て始めるし、そこでようやく「え? わたし自殺するの?」って我に帰る。え? 自殺するの?

 うまく気分転換する、というのは誰にとっても難しいことだろうとは思うけど。
 少なくとも私はヘタな人間だなあ。
 
 プラネタリウム行きたいな。
 行こう。

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2006年08月29日

色恋事4

・現在進行…もとい、現在「停滞」中の話はひとまず置いておいて、少し昔の話をしたいと思う。

 今月二十六日に、ようやく齢二十二になったらしい。ということは、七年前の話になるか。私はバドミントン部に所属していて、あかほりのセイバーマリオネットJからラノベに目覚めて、あるときはRogueにのめり込み、そうだな丁度、ケインの冒険を作っていた頃だろうか。これは紙芝居ソフト「Cube2」というツールで作っていた話で、当時はやはりMSXこそが至上のパソコンで、Windows?ってなんだよ?という感覚でFM-Vデスクパワーを振り回していた頃だ。ビットマップ形式の特徴すら分からず Yahoo を「やっほー」だと思っていたのだった。若さ、無知ゆえの、である。ケインの冒険以外にも、二、三のストーリーを書いていたが、話を組み立てる理論も無く、ただただ書き連ねていただけだったなあ、懐かしい。しかし個人的にあの頃の妄想も文章化してみたいと思っているのだ、閑話休題。そんな感じで、学校では友人とのバカ話に熱中し、部活もそれなりにぐーたらと楽しんでいた記憶がある。小学校レヴェルである。
 そんな時分の私に恋愛事などわかるはずも無く、周囲が色気のある話をしたところで「なにそれおいしい?」と思っていたのだ、本心から。だから、不意にこのようなことを言われたところで意識するはずも無かろう、と今更なのだが自己弁護しておく。

 「○○がオマエのこと好きなんだって」

 曖昧だが、こういった事を耳にねじ込まれたことがある。二学期も終盤あたりだったろうか。季節までは覚えていない。あの頃はいつだって暑かった。そして、そのときの私の反応はというと、

 「××かー…。伝説の青いひげが、まさかマサルの手に…」

 この時期、身の回りで恋愛フィーバーが起こっており、その方面に疎すぎた私にも、少々混乱があったことは認める。だが、このような話が私自身に持ち上がるなど、全く想定していない事態だったのだ。(そして「すごいよ!マサルさん」が流行った時期でもあった。私としてはソッチのほうがビッグニュースだったわけだ)
 これも弁解の布石なのだが、私の学年に、この「○○」という苗字を持つ女性が実は二人居た。そして、こうした二択でアタリを引くことが(二分の一にも関わらず)ほぼ皆無であった私である、見事に「もう一人の○○」のほうだな、などと早合点して、興味無しとばかり ぼへーっ としていたのだった。まあ、もはや時効だろう。確認もしていないから、もしかすると「もう一人の○○」で正解かもしれん。そしてどっちでもいいだろう。ラベンダーの香りは好きじゃないので。

 他人から好かれることなど、これまで皆無。と思い込んでいた私が不意に思い出した、モノクロの色恋話。いや、こんな人間でも、ちゃんと人から好かれることだってあるのだなあと感心したという、それだけだ。色恋面でなく、己という人間性にぐらつくことの多い私だが、もう少しくらい、自信を持ってもいいかもしれない。と、いま振り返っても励まされる出来事である。
 例えそれが、色恋フィーバーに巻き込まれてもたらされた幻覚であったとしても。

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2006年08月11日

色恋事3

・この時間帯に更新するのは、エントリーの完全構築に不安があるが、仕方が無い。
 三回目である。

 今回は、特筆すべき進展が無いわけではないが、それを説明できるほど言葉を知らず心についても知ることが少ないので、短く事象のみを説明するに留めておく。その上で、今日、気付いた事柄について、私なりの感知と言葉で説明と表現を心掛けたい。

 まずは状況である。
 先日のことから話をしなければならない。
 八月三日、この日は彼女の誕生日であった。節目である。
 最も個人的な節目に贈り物をする、という風習が一体どこから来たものか知らず、そのことに興味もあるがまだ調べていない。きっと欧州だろう、キリストの誕生祭を真似てそうしたことをしだしたのだ。それをローマは許しているのか、定かではない。そも推論である。
 疑問の残る風習をフォーマットとしてその通りに行動を起こすのは私の理念ではないが、しかし誕生日に贈り物をされて喜ばぬ日本人はいないだろう。友人の勧めもあって、私は、彼女に贈り物を用意しようと考えた。
 さて、ここで問題となるのは、これまた非常に俗ではあるが、何を贈るか、である。これまで三人の友人に贈ったものは、彼らの趣味を考慮した上で、CDと、万華鏡と、煙草三箱だった。それらにしろ、悩みに悩んだ代物であった。それに加えて今回は、趣味もわからぬ紫の上である。これは人生に何度出会えるか不定であるほどの難問といえる。実質、明快な回答というものも存在せぬだろう。心というものと同じである。私は答の出ぬものに答えを出さねばならないという試練を受けたのだ。
 解答は無くとも明答はあろう。そう定義して三日ほど悩んだ末に、おもちゃのような流行もののリングを選んだ。いつだかのオームの抵抗ではない。運気をつなぎとめるという小指の止め具、キャッチコピーは、そう、「ピンキーリング」だったと思う、そうしたものだ。
 さてそうして、誕生日からは五日も過ぎた日、購入してからもさらに二日が経過した八月八日に、本人に手渡すことになる。この日のことは、私にも理解できないが、緊張した所為だろう記憶があまりにも少ないので、ここに記述したところで不鮮明になると判断し、省略する。ごく普通に、平常と変わらぬ態度で渡せただろうと思う。いや、そう思いたいのかもしれない。私という人間は、緊張すると挙動が怪しくなるのを自覚している。妙な言動であれを寄越してしまったのではないかと不安なのだ。
 そして不安は未だに続いている。
 あれから数日が経過するが、私が渡しただろう小さな指環は姿を消した。彼女が身につけているのを見たのは、そう、あの日にたった一度だけだ。気に入らなかったのか、それ以外の理由からか、彼女は指環をしていない。選択を誤ったというわけだ。
 そして、これが現在の私へ繋がる顛末である。
 説明するほどのことは、これ以上は出てこない。

 さてそして、私が気付いたことだ。
 誰か他人を、ことさら「異性を好く」ことと、その人物と「恋仲になりたい」と願うことはイコールではない、ようだ。
 私は、もはやそう認識してもいいだろう。ここに明記するが、確かに彼女を、異性として意識して好いているようである。疑惑がまだ完全に晴れたわけではないが、それを含めて意識しているのは確かであるし、他の誰とも違うおかしな思いを抱いているのも事実、観測している。だから、こうして表現する。私は彼女を異性として意識し、好いている。
 だが、そのことと、「恋仲になりたい」という願望はイコールではつなげられないのだ。これはロジックで説明できるような正確な理屈ではないから、あまり文章には出来ないが、それでも多少は記録として補足しておこう。
 私は友情と恋愛の区別がつかない。友情からくる「好意」、恋愛感情からの「好意」の区別がつかない。だが、この二つのうち「友情」は知っている。だから定義もあるのだが、他人の語る「恋愛」は、まだ私の中には無いようである。つまり、定義できる「恋愛感情」を知らないのだ。だから「恋愛感情」がつまり「異性を好く」ことにあるのか「恋仲になりたい」と願う欲にあるのか不定、なのである。
 私は、彼女に関しては「恋仲」としての相手を望んでいないようである。それは彼女自身の過去にも原因がある。プライバシーを書く事は無いが、別の誰かの事を想っている彼女に意思を告げて恋仲になりたい、とはどうしても思えない。いや、そのことが無くてもだ、私は彼女と「恋人同士になりたい」のかという問いに、「Yes」を出せない。
 何故か。やはり、自分というものに自信を持っていないのだろう。未だに経験が無いから、そのことに対して未知が溢れているのだ。何があるのかわからない、だから対処を用意できない。私は不器用な人間だから、突飛に行動することが多いくせに善後策を常に模索している。なんとかなる、と楽天的にアクシデントを起こしているわけではないのである。常になんとか「出来る」範囲でのアクシデントを楽しんでいる。だから、本当の意味での「ハプニング」には滅法弱い。いや、自ら起こしているレベルでのハプニングにはある程度対処できるという自負があるが、その処理能力を超えた出来事にはきわめて弱い。そして、恋愛という不確かなゾーンではハプニングの警戒深度を予測できないため、それに対する備え、体勢を整える余裕を持っていない。だから、怯えている。
 怯えているから、私は彼女と恋仲になりたいと思えないのか。そうかもしれない。
 そうではないかもしれない。

 明後日、彼女のいないあの場所で、友人たちに相談してみようと思う。
 異性を好くことと、恋仲になりたいと願うこと。この二つは君たちの中ではイコールか?

2006年07月30日

色恋事2

・前回の予告からしばらく経ってしまったが、二回目である。

 二回目であるが、今回のエントリで恋愛事への私の考えをまとめるつもりだったが、今、少々立て込んでいる(立て込ませている、としたほうが事実にやや忠実となる)ので報告だけとする。

 さて前回、「友情と恋愛の違い」という問いを彼女に吹っかけるつもりでいたが、細かな事情というもので残念ながら聴取できなかった。過半数を占める原因は、色恋事とはまったく無関係である事柄なのでさておく。他にも彼女のバースディが判明するなど衝撃的なことが多々あった日だった。給料日後であるのが救いである。(と、今気付いたが、私は何故か、当然のように、値段を考慮せねばならないほどの物を贈るつもりでいるようだ。自分に驚いている。
 私は特別、彼女と恋仲になりたいと思ってなどいないのだが、情というものだろうか。深刻な値段でなければ好みそうなものを贈りたいと思っている。ようである。リングや直接身につける装飾品の類は、これは友人の忠告から控えるつもりだ。

 さて、今回は、この程度のところで終わらせておこう。
 また次回である。

2006年07月25日

色恋事1

 一度目となる今回は、今日までのまとめです。

 私という人物から紹介。
 外見の評価は、自分自身ではどうとも表現しづらいので周囲の言葉を借りますが「モデル体型」「顔は良くもなく悪くもなく」。内部は自己評価で「わがまま」「視野の狭い人間」「選り好みし過ぎ」。総合して、ここも友人の談を拝借すると「外見と中身でギャップの激しい人間性」というところです。それはそれは面倒な人間です。
 さて、色恋パターンで分類しますと、「ロマンティックが止まらないドリーミングおっさん」に振られるでしょう、今までまっとうな恋愛経験をしてこなかった松平健が大好きな情報収集癖持ちの二十台。松平健含む後部は嗜好として、まっとうな恋愛経験がないという部分、この原因に多少スペースを割いてみます。
 ある疑問に対し常識という答えで納得出来かねる場合、自身の経験から得られるものしか正答として認めない、認められないという、私という個人の特性なのかもしれません。この今回のような色恋沙汰においては、私は、常に「友人と恋人の絶対的な違いとは?」という疑問を抱いています。これに未だに答えを見出せずにいる今、私は「友情と恋愛の区別がつかない」状態に有ります。
 従って男も食べます。経験では、現在ぎりぎりで食べてません(二人ほど食べ損ねました)。女性経験とも、ぎりぎりで無しです。なので、というか男女とも「肉体関係を持ったことが無い」のが最大の問題なのかもしれませんが、それ以後におとずれる感情の差異を知りません。もし「友人と恋人の絶対的な違い」という疑問の答えがそこにあるとすれば、早急に経験を重ねなければなりませんが、SEX行為にさほど関心が無く、また急ぐ必要性をまだ感ぜられずにいるので、「SEX後の感情の変化」という可能性を潰すのはまだ後回しにしています。初体験はたった一度しかないのに、急いだら勿体無い、と今はそう思っています。
 感情の面で、これまでの経験をまとめてみますと、女性はもとより男性に対してもいわゆる「トキメキ」を覚えることが有ります。しかし、その頻度は女性に比べて低い。また「友情と恋愛感情の違い」が分かりませんので、バイセクシャルである可能性も「同姓に覚えるトキメキ頻度」と同等ほどに低いと考えていますが、全てを否定することはまだ出来ませんので、周囲には一応、先にも書いた色恋の疑問を含めて「私はバイです」と紹介しています。
 私が単に「恋」と呼ばれるものを知らないだけである、または知っていて無自覚なだけであるとも考えられます(つまり超鈍感という)。異性にのみ感じる思いというものも、経験として知り、理解もしているつもりですが、単純に子供やその他「かわいいもの」にも全く同じ感情を覚えるので、「これは恋じゃねえな。」と結論しています。また、例として中学時代後期に、恋愛よもやまのような事もしでかしているのですが、その件に関しましては大変恥ずかしながら、卒業その後になって「周囲が色恋で盛り上がってるから」という理由ででっち上げたものであると(感情の盛り上がりの無さやその他の経緯から)悟ったというべきか理解したというべきか、妥当な表現として「気付き」ました。その時の経験から、半端な思いと行動は周囲を傷つけるのだ、と察したからか、今の私は色恋に関しては慎重な態度を取るようです。自分のことですが、まあ他人事。

 長くなりましたが私に関しては以上ですかね。
 他に無意識の行動パターンもあるかもしれませんが、意識的には思い浮かびません。

 そして、恋事というからには相手がいます。以下は私が持っているデータの羅列。
 ・元バイト先の別店舗の女性。最近に起こった人事問題で、今は私の縄張りの内側にいる。年上。
 ・容姿、おおまかな内面とも私の嗜好とほぼ噛み合う、いわゆる「タイプ」の人。(ちなみに私が他人から訊かれた際に答える常套文句は「好きになった人が好きなタイプ」なので、この表現の妥当性は極めて不審)
 ・恋愛経験は二回と、年齢に比べると少ないものと思われるが、私自身と比較すれば豊富である。まあ、そもそも比べることそのものに疑問を持ってるわけですが。
 ・現住所は片道一時間足らず。
 こんなところ。

 現在の進捗状況。
 特筆することはなし。進展も無く、相手がこちらをどう思っているのかすら不明。最近は、あのちっちゃい頭を撫でるのが好きなので、気が向いた時にはほぼ触っている。それを拒まれた経験は無し。まだ抱きついたことは無いが、それは常識として「行うべきでなし」と結論。(男には抱きつく。ケツを撫でる程度の事はする。
 交友関係は、私の友人グループの中にいるので有り。グループの一員として誘って遊びに行く程度の関係。
 彼女からは例の「友情と恋愛の違い」についての答えをまだ搾取していないので、明後日に会見を予定。(女性であるからして少々、情緒不安定であることが多いので、様子を見て中止することもありうる。

 第一回目は以上。
 次は、明後日の結果報告を行う予定です。