寝た子
デイリーポータルZの記事。
こういう、建築とそうでないものの中間で漂ってるがごときものが好きだわ。
この著者の記事には他にも暗渠モノがあるので、そっちもいろいろ見てみると良いです。
・追記は暇つぶし。
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・タイトル:無題。
差し込む外光が、埃まみれの資料室を静かに照らす。
擦りガラスのように汚れきった窓からは外をおがめない。嵌め殺しのようで、鍵も無ければ開くための取っかかりも無い。日光が直接入ってきていることから、ここが南側に面する部屋だということがなんとか分かる、といった程度だ。
狭い部屋だった。
奥行きはそれにありにあるが、腕を広げると、壁に両手がついてしまうだろう。そしてそこに、大きなスチールの棚が押し込められている。「ここはこのスチール棚を置くための部屋であり、他は人が通れるだけのスペースがあればいい」。きっとこの部屋の管理者の意図は、そんなところだろう。そして、そんな印象から連想したのだ。
資料室。
これは、ある意味では正しいのだろう。
ただし正確には資料ではない。部屋を圧迫している棚の中身は「データ」だった。
棚に収められているファイルは日に焼けることなく現存して、けれど私にとっては、まさしく現存という言葉どおり、存在している以上の価値を持たないものだった。
見方によっては何かの帳簿のようでもあるが、個人名や企業、団体の名などどこにも出てこず、ましてや日付らしきものもない。ファイルは薄く、数ページの記録用紙に気温、湿度と、いくつかのジュール単位の数値データが並べられただけのもの。背表紙にはナンバリングのみである。ざっと目を配べたところ、ここにあるファイルには幾つか抜けたナンバーがあるようだが、私の興味を引くほどのものは見当たらない。
今の状況を覆すような情報はここにはない。
諦めにも似た嘆息ののち、窓際に戻る。
そうして座り込んだまま、何もせずに今に至る。
強いて言えば日の光に暖められている。鍵の掛かった扉を見ている。
不思議だった。
不可解なこの状況下で、不思議と落ち着いていた。
何も無いのなら無いで、こんなところ、さっさと出てしまえば良いと思う。
扉にかけられたロックなど、蹴破ってしまえばいい。今の自分になら、扉ごと粉微塵に出来るだろう、それだけの力が宿っているのだと自覚していた。だが、なぜか、そういう気にならない。
「何かを待ちたい。」
そういう気分なのだった。
やがて向こう側で、足音がするだろう。
遠くで小さく、鍵を差し込む音、回す音。
少し走っては立ち止まり。ためつすがめつ、鍵を差し込んでは違う扉へ。
そうして私のところまで来るのだ。
そうして、「かちん」と。
想像して知らず、口元が引き上がる。
そのときを思うだけで胸が弾むようだった。
ふと、私は期待しているのだと気づく。
一体、どんな人物が扉を開けるだろう。男だろうか、女だろうか。
若いといい。小さければ守りがいがある。
そんなことを夢想しながら、扉を見つめる。期待ばかりが胸を満たしている。
誰も来なかったら、とは考えない。自分が生きている間には来ないかもしれない。扉が開いたとても味方であるとは限らない、ましてやその先に道があるなどと誰も保障しやしない。そのはずなのだが、今は
そんな先のことなど「瑣末」でしかなかった。不安は露ほども浮かばない。
やがて聞こえてくるだろう、小さな足音にだけ気を配っていた。
待つのは、楽しい。